日本ななめ読み 

 ななめ読みという事は、歪んだ見方であると解釈できます。しかし、日本のジャーナリストが、ななめ読みで大々的に自己主張することに習って、一韓国人から日本をななめ見た、韓国人の日本人観を申し上げたいとおもいます、日本人の皆さんも是非知っていただきたい。
 韓国(有史よりの朝鮮半島、現南北韓国を示す)は日本にとってどの様な立場であったのでしょう。古代、アジア大陸での勢力争いから逃れ日本渡来した人達は、大陸ではある程度の権力を持ち合わせた集団であったと考えられます、そして、最新農耕手段方法を持ち、学問、技術などの知識を持った知識人、技術者を従えての渡来は、当時の日本にとって有史来初めて知る、異文化との出会いであった事でしょう、以後、韓国人らを含め大陸から日本に渡来し又、これ等の渡来者を追従したりして、頻繁に亘って渡来を重ね日本各地にへと拡がって定住した事は紛れも無い事実である。当然のことながら韓国人渡来者のなかでの高貴な人、知識人らは優遇され、日本の支配層との接触もあったでしょうし、その日本側権力者のひとりが現在言う、天皇であった事は想像出来ると思います、事実、現日本の天皇が、自身の言葉で天皇家の祖先が韓国渡来人と姻戚関係を結び、現在の天皇家はその血縁をひている事を表明しています。
 これ等の人事交流によって高度な物流が日本に変化をもたらし、今日の日本の発展に寄与した事は・ななめ読み・しなくても歴史を・まっすぐ・みれば分る事でしょう。大陸の地理的状況から、渡来者の殆どは韓国人で、日本全国各地の渡来地へ、高度な大陸文化、学問、技術を持って渡来、日本の発展に寄与し、地域の日本人と溶け合い、結果、地方の豪族として、又、中央政権に参与するに至った渡来人も存在したのも事実であると思います、他の民族も韓国を経由し渡来、各地に分散、融合し定着し、地域で指導的役目をも果たす者も排出し、日本人社会に寄与し現在にいたっております。
 韓国渡来人で代表的な秦氏、その後裔が、明治維新の原動力となった土佐藩、その地盤を長年に亘り支配していた、元藩主長宗我部氏も韓国人渡来人秦氏の後裔といわれており、又、時の人であった元自衛隊幕僚長田母神俊雄氏の出身地、福島県郡山市田村町の山村地に田母神性と同名の田母神地区がありますが、この地域の田母神一族の人達は坂上田村麻呂の子孫といわれ、坂上家は秦氏の流れをもつ韓国百済から渡来した阿智王の後裔で田母神地区は韓国渡来人集落で韓国人が渡来し高度な文化、学問、技術を持ち運んだ可能性を秘めている地であったことを知る事が出来ます。田母神俊雄氏は韓国人の血を引いている事を知らずか、よく韓国批判をし、単一民族を主張されていますが、地球は広く、世界地図を今一度見る事をお勧めしたい者です。
 古代、日本が最初に行ったと云われる大陸侵略、日本流に言う三韓征伐をした15代応神天皇の母である神功皇后は、韓国新羅系葛城氏の血縁者であり、葛城氏には百済系韓国人もあり、22代清寧天皇の母は葛城氏の韓媛でであること、日本の天皇家と深い関係があった蘇我氏は新羅系韓国人、物部氏は扶余系韓国人、平安時代にまで天皇家と朝廷に深い関係を持った藤原家は百済系韓国人で、平安京へ遷都した50代桓武天皇の母は百済系渡来人の高野新笠であることも判明しているのも事実であります。
 私が住んでいる大阪府八尾市でも大陸からの渡来人の経緯を知る事が出来ます、古代物部氏の分派である阿刀氏、弓削氏、田井氏、又、百済国辰孫王の後裔である船氏、百済国逸古王の後裔の錦氏、高麗国の渡来人狛氏(若江郡巨麻郷及び許麻神社の読み方・コマ・と名乗る)、高麗国系の高安氏、その系図である橘戸氏、秦一族系の坂上氏、秦忌寸も当地に渡来し、一族の名を使った地名が存在していることは渡来地にて融合しあった証でもある、、その他には飛鳥氏、百済氏、高尾氏、鳥取氏、服部氏等などの渡来人たちが日本、私が住んでいる町に来ていたこと、変わったところで古代中国に存在していた燕という国からも赤染氏、常世氏という中国人渡来人たちが存在、共に融合し共存して来たのが私の町で,多くの先人が地域の基盤を作っていたのである、私が住んでいる日本の小さな地方の町でも有史より、今風に言う外国人が日本人と共有、共存していたことを示す資料が整理されている事を感嘆するばかりであります。現在大阪府に於いて大阪府ではじめて、世界文化遺産への登録を推進するための運動が行われていますが、同遺産地域の古墳群は府内の堺市、羽曳野市、藤井寺市、にまたがっていますが、同古墳群は飛鳥古墳と匹敵するもので、両古墳郡のなかには韓国渡来人を埋葬したものもあると言われており、又、古墳付近からの出土品は大陸、特に韓半島との共通点を持つものが多く出土しており、同古墳群付近には韓国渡来人達が多数居住していた事も判明しております。これ等の事が、民族と民族が融合し、一つの日本人のルーツに成ったとも言えましょう、日本の先住民族はアイヌ人ではありませんか、現在、問題を多く抱えている沖縄は、琉球王国という沖縄人が統治していた領土を強引に編入させた事も併せて、日本人は単一民族ではなく、国土も固有領土では無い事を知るべきでしょう。
 これほど多くの人が海を渡り日本に渡来した、そして日本の礎を築いたは渡来人の殆どは韓国人だと言っても過言では無いと思います、以後の中世に於いても、武士階級による封建時代、徳川幕府とは朝鮮通信使を派遣し交流を育んできたのは韓国では無かったのですか。そして、その間、韓国は一度たりとも武力を用いた破壊行動を起こしたことはありません。それどころか、古代15代応神天皇の生母神功皇后の新羅遠征は別にして、13世紀以降の倭寇による略奪行為や豊臣秀吉による侵略の被害を受けた不幸な時期もありましたが、一環して平和裏に終始してきました、この事は余り日本では正しく表記されていません、日本人は日本にとって負い目になることは単なる歴史上のこととして正しい論議をしないのが常套手段で、これが、日本人の歴史の・ななめ読み・感でしょう。
 有史より長きに渡って行われてきた友好的な交流に対し、此処、最近の日本人諸氏の非合理なヘイトスピーチ発言や無慈悲な民族批判行動等が今もってされる事に理解が出来ません、それも公共機関の場で、日本人達の嫌韓感情はいったいどこから来ているのでしょう、近代に入り、封建時代を脱却し、いち早く先進国として国づくりに邁進された日本国民には今日でも敬服しています、しかし、一通の文書で恫喝され、謂われない征韓論で煽り、不安定な政情をいい事に、軍隊介入、王妃を暗殺、武力侵略により日本が敗戦に至るまでの36年間を植民地化された韓国、国土は勿論、韓国人の言語から文化、歴史、固有の氏名まで破壊されたにも拘らず、現在に至っても屈辱的に韓民族を蔑視する言動を本当に理解する事は出来ません、勿論、無知であった韓国人の責任を否定するものではありません。日本で生まれ、日本の教育、日本歴史を教わった、元えせ日本人であった韓国人でも、この程度の知識が得られる日本の環境に感謝すべきなのでしょうか、そして、この事が、国家意識、その為の教育の大切さと、経済力を実につけた国家体制を持つ事の重要さを学ぶ事になったのだから皮肉なものである。
 有史より知識を得た者が種族、民族間の勢力に争いをも含め、人の移動、民族の移動が始まり、数多くの国家が形成され崩壊をくりかえしてきたのが人類史であります、日本は島国で、他民族との交流を軽視、頑なに固有の領土を主張、単一民族で独自の文化を成す国家・民族である事を未だ持って主張されるが、全く、認識不足であるを知るべきではないでしょうか、有史以来どれ程多くの恩恵を大陸の民から受けてきたかをも知っていただきたい、恥じることなく。
 ・日本ななめ読み・を連載したいとおもいます。

  2015年3月30日    反共主義者同盟 金得洙